「もしかして、私が悪いのかな」って、最近何度もそう思ってない?
夜中に一人でぐるぐる考えて、気づいたら朝になってた——そんな夜、あったんじゃないかな。
私もそうだった。胸のあたりにずっと何か重いものが乗っかってて、でも「これが普通の恋愛なのかも」って自分に言い聞かせてた時期が、確かにあった。
その「違和感」
付き合ってる人に対して、なんか変だなって感じてること、ない?
具体的に言えないけど、なんか……ズレてる。
たとえば、彼が急に約束をキャンセルしてくる。「仕事が入った」って。でも夜、SNSを開いたら——友達と居酒屋で楽しそうに飲んでる写真が上がってた。
え、仕事って…これ?
翌日、そっと聞いてみると「いや、あれも営業みたいなもんだから。お互い様じゃん」って、涼しい顔で言われた。
謝罪、ゼロ。
心臓がドクッてした。怒りじゃなくて、なんかもっとザワザワした感覚。「え、これって私がおかしいの?」って、一瞬でも思ってしまった自分が、余計にしんどかった。
でもね——その違和感、正解だったんだよ。
「感情を武器にされてた」と気づいた日
もうひとつ、あるあるな話をさせて。
たとえば、彼が遅刻してきたとき。「次から少し早めに連絡くれると助かるな」って、ものすごく穏やかにお願いしたとする。
そしたら彼、ふっと目を伏せて——
「…そんなこと言われると、俺、あなたのこと嫌いになりつつある」
は?
(え、待って。私、何か悪いことした?)
気づいたら「ごめん、そんなつもりじゃなかった!」って謝ってた。
遅刻してきた彼を、私が慰めながら終わってた。
これ、笑えない話なんだけど——このパターン、何度も繰り返されてたんだよね。正当な「お願い」をするたびに、いつのまにか私が謝罪する側にすり替えられてた。
友人に話したら「それ、愛情じゃなくてコントロールだよ」って一言言われて。
…その瞬間、頭が真っ白になった。
「コントロール」。その言葉が、ストンと落ちてきた。
自己中心的な人の「本質」——なぜこうなるのか
ここで少し、冷静に整理させて。
こういう人たちに共通するのは「共感力の欠如」って言葉で説明されることが多い。でも正確には、冷たい人ってわけじゃない。
本当に、わからないんだよ。他人が傷つくことが。
これ、演技じゃないんだよね。幼少期に十分な愛情を受けられなかったり、感情を表に出すことを許されない環境で育つと——「自分を守ること」が最優先になる。他人の痛みを感じる回路が、育ちきらないまま大人になってしまう。
かわいそうとは思う。でも、だからといって私たちが傷つき続ける理由にはならない。
そこは、はっきり分けないといけない。
「責任転嫁の達人」に出会ったとき
浮気が発覚した話もある。
証拠を目にして、震える手でスマホを持ちながら、それでも冷静に話し合おうとした。
「ちょっと、これ…どういうこと?」
返ってきた言葉——「詮索するなんて、私を信用してないってこと?」
…(はぁ?)
さらには「あなたが束縛するから、他に安らぎを求めたくなった」って。
もう、頭が追いつかなかった。怒りで耳の奥がじんじんしてた。
別れを切り出したら「最後まで話し合おうともしない」と批判されて、別れた後はSNSで「傷つけられた」と拡散。
こういう人と「わかり合おう」とするのは——正直言って、時間の無駄。
話し合いは、相手に「話し合う気持ち」がある前提でしか成立しない。
じゃあ、どうやって自分を守るの?
具体的に話す。
まず「境界線」を言葉にする。
「そういう言い方をされると傷つくので、やめてください」
これだけ。シンプルに、はっきりと。曖昧な「なんかイヤだな」では伝わらない。言葉にしないと、なかったことにされる。
相手がそれを越えてきたら——接触を減らす。SNSをミュートする。グループから離れる。言葉じゃなく、行動で示す。
次に「これは私の問題じゃない」と自分に言い聞かせる。
相手の暴言や操作で傷ついたとき、その痛みを日記に書いてほしい。スマホのメモでもいい。
感情を外に出すって、思ってる以上に大事なんだよ。ためこんでると、じわじわと「私が悪い」モードに入っていく。
そして、第三者に話す。
一人で抱えてると、感覚が狂ってくる。「これって普通なのかな」「考えすぎかな」って思い始めたら、信頼できる友人かカウンセラーに話してみて。
「それおかしいよ」って言ってもらえるだけで、自分の感覚が戻ってくる。
離れることは「逃げ」じゃない
最終的に、離れることを選んだ人たちは、みんな同じことを言う。
「あの決断は正しかった」
関係を断つって、すごく怖い。特に情が深い人ほど、「もう少し待てば変わるかも」って思いがち。
でも——変わる意思のない人は、変わらない。
これ、残酷なようで、すごく大切な事実だと思う。
離れた後のことを先に考えておくといい。新しいことを始める、友人との時間を増やす、行きたかった場所に行く。「その後のプラン」があると、踏み出せる。
自己中心的な人が最終的に迎える末路
少し先の話をする。
こういう人たちは、短期的には「得してるな」って見える。でも長い目で見ると——どこに行っても同じパターンを繰り返して、じわじわと孤立していく。
一人になったとき、初めて「もしかして問題は自分だったのかも」って気づく。
その気づきは、すごく苦しいらしい。他人を傷つけることで保ってた優越感が崩れて、今度は自分自身を攻撃しはじめる。でもそのとき、そばに誰もいない。
誰かを傷つけながら生きてきた人の末路は——結局、自分が一番深く傷つく、ということ。
皮肉だけど、これが現実だよ。
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