好意を出しすぎるな、だから好意を消そうとして、自分ごと消えていく
好き好きオーラを出しすぎて、冷められた。
あんなに楽しそうにしてたのに、急に距離を置かれた。テンションを合わせてたのに、ある日からLINEのテンポが落ちた。何がいけなかったんだろう、と検索して出てくるのは決まってる。好意を出しすぎると引かれる。もっと引いて、クールに振る舞おう、と。
じゃあ好きな気持ちはどこにやればいいの…
この答え、根本的にズレてる。好意を抑えることが解決策に見えて、実は別の問題を生んでる。好き好きオーラで冷められる理由は、好意の量じゃない。好意の向き先の問題。ここを間違えたまま抑えようとしても、また同じことが起きる。
好き好きオーラで冷められる、表面的な説明が全部ズレてる理由
世間の説明はだいたいこう。好意を出しすぎると重い。追いかけてくる相手に希少性を感じなくなる。手に入ったと思われると飽きられる。だから引け、と。
これ、半分は本当。でも半分は、本質を外してる。
希少性の原理は確かに存在する。手に入らないかもしれないものに価値を感じる、という人間の本能は本物。でも好き好きオーラで冷められる理由の全部がこれかというと、違う。
もっと根本的なことが起きてる。好き好きオーラを出してる時、多くの人はひとつのことを無意識にやってしまってる。自分への関心を完全に切って、相手への関心だけにしてしまう。この全振りが、冷められる本当の原因。
熱量が高いほど相手が引く、という構造の本当の中身
好き好きオーラ全開の状態を、外から見てみる。
相手のLINEに即反応する。相手の話に全力で乗る。相手の予定に全部合わせる。相手が笑ったら笑う、相手が話したら話す、相手が動いたら動く。全部が相手起点になってる。
一見、一生懸命に見える。でも相手からどう映ってるか。
自分の意見がない人、自分の世界がない人、自分の感情より私の感情を優先する人、として映ってしまう。これが、重い、という感覚の正体。好意の量が重いんじゃない。自分のなさが、重さを生んでる。
相手は無意識に感じ取る。この人は私がいないと成立しない、と。それが、心地よさじゃなくてプレッシャーに変わる。好き好きオーラが重くなるのは、そこから。
好き好きオーラ全開で失敗した、あの時何が起きてたか
好きが大きくなるほど、自分が小さくなっていた
二十代の頃、好きになった人がいた。好きになるほど、毎日の中で自分のことを考える時間が消えていった。
朝起きて、今日彼から連絡来るかなを考える。仕事中、さっきのLINEどういう意味だったかなを考える。夜、今日楽しかったかなを考える。
自分が何を食べたいか、何を見たいか、どこに行きたいか。そういう問いが、頭の中から全部消えてた。彼のことを考える時間で、私の頭が埋まってた。
今思えば、あの時の私は私の人生を生きてなかった。彼の人生の観察者として、毎日を過ごしてた。
当然、会う時も全部彼起点になった。どこ行きたい? と聞かれたら、どこでも! と答えた。何食べたい? も、なんでも! そのたびに彼が少し、面倒くさそうな顔をしてたのに、私は気づかなかった。
あの顔、何だったんだろうって後から思い返すとわかる。好意じゃなくて、私という人間が見えなかったんだと思う。
相手が引いた理由は熱量じゃなかった、気づいた瞬間
ある夜の帰り道に、彼が言った。もっと自分の意見言ってほしい、って。
え、と思った。好意を全力で出してたのに、そこじゃなかったの? って。
その後、少し話した。なんでもいいじゃなくて、あんたが行きたい場所に行きたい。あんたが食べたいものを食べたい。あんたと一緒にいる時に、あんたという人間に会いたい、みたいなことを言ってた。
そうか。私は彼のことを好きすぎて、私自身を消してた。彼が好きだったのは、私という人間だったのに、私が私を消してしまってた。
冷められた理由が、熱量じゃなかった。私がいなかったから、だった。好意全開で失敗してきた人の多くは、この構造の中にいると思う。好意を出しすぎたんじゃなくて、好意を出すために自分を消しすぎた。そっちが問題だった。
9割がやらない逆の一手は、好意の向き先を相手から自分に一部戻すこと
好意を消すんじゃない、自分への好意を同時に持つ
逆の発想を言う。
好き好きオーラをなくす必要はない。彼への好意を消す必要もない。ただ、今全部相手に向いてる好意の一部を、自分に向け直す。
自分が何を食べたいか、を持つ。自分がどこに行きたいか、を持つ。自分が楽しいと感じることを、相手とは別に持ち続ける。彼のことが好きでも、自分の感情と意見を持ってる状態を、同時に維持する。
これ、好意を引き算する話じゃない。自分への関心を、足し算する話。相手への好意はそのままに、自分への好意を同時に持つ。両方を持てる状態にする。
9割の人は、好きになった瞬間に自分への関心をゼロにする。だから相手への好意だけが前面に出て、重くなる。自分への関心を消さなければ、好意の全振り状態が生まれない。
具体的に何をするか、好き好きオーラを自分オーラに変換する方法
明日からできることを具体的に言う。
まず、どこでも、なんでも、をやめる。相手に何食べたい? と聞かれたら、今日は○○が食べたい気分、と答える。行き先を聞かれたら、私は△△に行ってみたかった、と言う。
次に、週に一回、彼と完全に関係ない予定を死守する。友達と会う、一人で行きたかった場所に行く、習い事をする。何でもいい。ただし彼の都合より先に、自分の予定を入れる。
さらに、LINEの返信より先に、今やってることをひとつ終わらせる習慣。これは記事でも書いたけど、今やってる自分の行動を、相手の通知より先に置く順番の話。
好き好きオーラを消そうとしなくていい。自分オーラを同時に育てれば、自然に好き好きオーラの濃度が薄まる。相手への好意が減るんじゃなく、自分への好意が増えた結果として、バランスが変わる。
なぜ好意の方向を変えると冷められなくなるのか、心理の構造
理由なき逆張りは暴論。ちゃんと話す。
相手が引くのは熱量じゃなく、選択肢のなさへの圧迫感
好き好きオーラで冷められる時、相手の頭の中で何が起きてるか。
この人は私に全部を賭けてる、という認識が生まれる。全部を賭けてる人を前にすると、相手は怖くなる。自分が少し距離を置いたら、この人はどうなるんだろう、という重さを感じる。
離れる選択肢が、怖くなる。離れたいわけじゃないのに、離れる自由がない感覚になる。選択肢がない状態って、人間にとって窒息感に近い。
自分への関心もある人間は、相手に全部を賭けてない空気を持ってる。離れられても、この人は生きていける、という感覚が相手に伝わる。離れる選択肢がある、と相手が感じた瞬間に、逆説的に離れたくなくなる。
引かれるのは好意の重さじゃない。選択肢を奪ってしまう圧迫感。自分の人生を持ってる人間は、その圧迫を生まない。
自分を好きでいる人間の引力、好意は鏡として返ってくる
もうひとつ、大事な心理がある。
人間は、自分を大切にしてる人間を見ると、この人は大切にする価値がある人なんだ、という判断を無意識にする。自分を粗末にしてる人間を見ると、この人はそういう扱いを受ける人なんだ、という判断を同じく無意識にしてしまう。
どこでも、なんでも、と言い続ける女性は、自分の意見より相手の意見を優先することを、自分から選んでる。その行動が、自分を後回しにしていい人間として、相手に認識させてしまう。
自分の食べたいものがある、行きたい場所がある、やりたいことがある。この自分への敬意が、相手からの敬意を引き出す。好意は相手に向けるだけじゃなく、自分に向けることで初めて鏡のように返ってくる。これが、好意の向き先を変えることの、もう一つの理由。
好奇心の対象になることと、安心感の対象になること
もうひとつだけ。
好き好きオーラ全開の女性は、相手にとって安心感の対象になる。いつもそこにいる、いつも応えてくれる、という安心感。安心感は関係を続けさせる力を持ってる。でも、追いたいという本能は刺激しない。
好奇心の対象になるのは、少し読めない人間。この人は何を考えてるんだろう、今日は何が食べたいんだろう、どんな意見を持ってるんだろう、という問いが相手の頭に生まれる人間。
なんでもいい、どこでもいい、は相手の好奇心を完全に消す答え。自分の意見がある、は相手の好奇心を刺激する答え。好奇心が生まれた相手は、もっと知りたくなる。もっと知りたい感覚が、追いたいという行動に変わる。
覚悟すべきリスク、方向を変えた後に来るもの
好意が薄れたと誤解される過渡期がある
どこでも、なんでも、をやめた最初の時期に起きることがある。
相手が、あれ、急に変わった? と感じる。今まで全部合わせてきた人が意見を持ち始めると、どうした? という反応が出ることがある。中には、なんか冷めた? と直接聞いてくる相手も出てくる。
この過渡期が、一番きつい。変化のタイミングで関係が揺れることがある。
ただ、揺れた時の相手の反応が、その関係の本質を教えてくれる。あんたが意見を持ち始めた時に、面白い! もっと聞かせて、と乗ってくる相手なら、その関係は深くなる。なんで急に違うの、と不機嫌になる相手なら、あんたのどこでもいい状態を都合よく使ってた相手だった可能性がある。
変化への反応で、相手が見える。見えたものをちゃんと受け取る。

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