追いかけたくなる女の男性心理、逆張りで読み解く追われる

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追いかけたくなる女を演じようとした瞬間に、追いかけたくなる女でなくなる

追いかけたくなる女とはどんな女か、ネットで調べると出てくる。
ミステリアスな女。自立してる女。笑顔が可愛い女。自分の世界を持ってる女。一緒にいて楽な女。
これを読んで、そうか、ミステリアスにしよう、自立した雰囲気を出そう、と思った瞬間がある人はいると思う。
それをやろうとした瞬間に、全部が逆に動き始める
追いかけたくなる女を演じようとする女は、演じてることが伝わる。伝わった瞬間に、追いかけたいという本能が静まる。なぜそうなるのかを、男性心理から話す。

ミステリアスを演じる女が、なぜ透けて見えるのか

ミステリアスにしよう、と意識した状態には、独特の緊張感がある。
表情を作る。反応を調整する。あまり笑いすぎないようにする。謎めいた雰囲気を維持しようとする。この意識が、どこかに出る。
男性の友人に聞いたことがある。計算してミステリアスにしてる女性と、自然にそういう雰囲気がある女性を見分けられるか、と。
全員が、わかる、と言った。
どう違うか、という問いに返ってきた言葉が面白かった。演じてる子は、なんか一定なんですよ。いつも同じトーンで、同じくらいの反応で。本当に自分の世界を持ってる子は、波がある。楽しい時はちゃんと楽しそうで、興味があることには前のめりになる。その差がある、と言ってた。
演じたミステリアスは均一。本物の自分の世界を持ってる人は、波がある。この波こそが、読めなさ、につながる。読めない女に、男は頭を使い続けてしまう。

追いかけたくなる女の条件として語られるものが、全部ズレてる理由

ミステリアス、自立、余裕、笑顔、自分の世界。これ全部、追いかけたくなる女の結果の描写。
なぜ追いかけたくなるのか、という原因の説明になってない。
結果だけを真似しようとするから、演じることになる。演じると透けてしまう。透けた瞬間に効果が消える。
追いかけたくなる女になろうとするアプローチが、根本から間違ってる。追いかけたくなる女は、なろうとした結果として生まれない。ある種の状態の副産物として、自然に生まれる。
その状態が何かを、男性側の経験から掘り下げる。

男性が実際に追いかけたくなった瞬間、ヒアリングから出てきた本音

ここが核心。男性の友人複数人に、実際に追いかけたくなった経験を直接聞いた。

ある瞬間に急に気になり始めた、あの感覚の正体

一人目の友人が言ってたのが、気づいたら追いかけてた、という感覚だった。
どういう状況だったか聞いた。職場で仲がよかった女性で、いつも普通に話してた。でもある日、彼女が自分の仕事にすごく集中してて、話しかけにいったのに一瞬、今ちょっと待って、と言われた。その顔が、なんか格好よかった、と言ってた。
(今ちょっと待って、の一言が引き金になった?)
彼が言うには、あの瞬間まで彼女を恋愛の文脈で考えたことがなかった、らしい。でも今ちょっと待って、という場面で、初めてこの人には俺じゃなくても優先してるものがある、と感じた。それが気になった、と。
二人目の友人は、別のパターンを話してくれた。いい感じで話してた女性が、ある夜に、じゃあ私そろそろ帰るね、と言ってそのまま帰った。引き止めるかと思ってたのに、引き止めを求めてこなかった。その後ろ姿が頭から離れなかった、と言ってた。
引き止めを求めてこなかった。この言葉、重要。

追いかけたくなった女性に共通してた、たったひとつのこと

複数人から聞いた話を並べてみると、共通してることが一個だけあった。
その女性が、その瞬間に自分以外のものを優先してた、ということ。
仕事に集中してた。帰る時間を優先した。友達との会話に夢中だった。自分の意見を曲げなかった。自分のペースで動いてた。
男性が追いかけたくなる瞬間は、その女性が自分よりも何か別のものを大切にしてる場面を見た時、に集中してた。
(逆に言うと、常に男性を最優先してる女性には、追いかけたくなる瞬間が生まれにくい)
これが追いかけたくなる女の正体。ミステリアスでも、余裕があるからでも、自立してるからでもない。自分以外のものを本当に大切にしてる瞬間が、見えることで起きる。

追いかけてしまった女性の話、やってた側として全部開ける

私自身が誰かを追いかけた経験じゃなくて、私が追いかけてしまわれた経験と、逆に追いかけた経験を話す。両方ある。

完璧じゃなかったのに、頭から離れなかった理由

二十代後半に、職場で一緒に仕事をした女性がいた。私じゃなくて、私の当時の友人の話。その友人が、ある同僚の女性をひたすら追いかけてた。
私はその女性を何度か見てたから、なんで彼女なんだろう、と最初は思ってた。特別に可愛いわけじゃない。話が飛び抜けて面白いわけでもない。でも彼女の周りにはなぜか人が集まってた。
ある飲み会で、その女性と少し話せた。印象的だったのが、話してる途中に急に、ごめん友達に声かけてくる、と言ってすっと離れたこと。悪気があるわけじゃない。ただ友達が一人でいるのが見えたから、気になって行った、という感じで。
(あ、この人は今ここで私と話すことより、友達が一人でいることの方が気になるんだ)
そこで気づいた。この人は今この瞬間に、自分が大切だと思うことをそのままやってる。私との会話が最優先じゃない。友達の方が気になった瞬間に、そっちに行った。
それがなぜか格好よかった。その後、その人のことが少し気になった。友人がひたすら追いかけてた理由が、あの瞬間に少しわかった気がした。

私が追いかけてしまった時、彼女が何もしてなかったのに、していたこと

私自身が誰かを追いかけてしまった経験もある。
マッチングアプリで出会った人。最初の数回のやり取りは普通だった。いい感じだったけど、特別に熱中してたわけでもない。
でもある日のLINEで、今日仕事が楽しかった、という一言が来た。それだけ。内容は何も書いてなかった。私のことを気にした一言でも、質問でも、デートに誘う文でもない。ただ今日楽しかった、という自分の状態の報告だった。
(なんだろう、これ)
その一言が、なぜか頭に残った。この人は今日の仕事に夢中だったんだな、と。私との会話より先に、自分の今日の出来事があったんだな、と。
その翌日、私から連絡してた。なんで急にそっちから連絡したの? と彼女に後から聞かれた時、うまく説明できなかった。でも今ならわかる。彼女が彼女の生活を生きてた瞬間を、見せてもらった気がしたから。

9割がやらない逆の一手は、追いかけさせようとすることをやめること

じゃあどうするか。全員がやってることの逆をいく。

追いかけさせるための行動が、追いかけたい気持ちを奪う構造

追いかけさせようとして多くの女性がやること。返信を遅らせる。誘いを断る。ミステリアスにする。既読スルーをする。
これ全部、相手への意識から出てきた行動。相手がどう反応するかを計算した上でやってる行動。
男性の友人が言ってた言葉を思い出す。計算してる感じの女性は、なんか全部が俺への反応として設計されてる感じがする。その感じが、なんか窮屈、と言ってた。
追いかけさせるための行動は、全部が相手起点。相手への反応として設計されてる。これが、窮屈さとして伝わる。窮屈さを感じた場所から、人は離れたくなる。
追いかけたくなる女がやってることは逆。自分起点。今日仕事が楽しかったから、それを伝えた。友達が一人でいたから、そっちに行った。帰る時間になったから、帰った。全部が自分の感覚に従ってる。相手への計算が、ない。

追いかけたくなる空間の作り方、具体的な行動

まず、自分が今日楽しかったことを、相手への質問より先に伝える習慣を作る。相手のことを聞く、相手に合わせる、相手の話題を広げる、じゃなくて、今日これが楽しかった、という自分の報告を最初に出す。これだけで、自分の生活を生きてる人間として相手に映り始める。
次に、自分の予定を相手の都合より先に持つ。相手の空き時間に合わせてスケジュールを作るんじゃなく、自分が行きたいと思ってた場所、会いたかった友達、やりたかったことを先にカレンダーに入れる。そこに相手が入れるなら入れる、入れないなら入れない。この順番の違いが、空気を変える。
さらに、会ってる途中で自分が気になることに素直に反応する。友達が一人でいたらそっちに行く。好きな話題が出たら前のめりになる。疲れたら正直にそう言う。相手の機嫌を優先して自分の反応を調整することを、やめる。
9割の人は相手起点で全部を設計する。逆をやる人は自分起点で動く。その結果として相手が追いかけてくる、という順番。

なぜ追いかけたくなる女は作れないのか、心理の深層

自己決定感が満たされた時にだけ、追いかけたいが生まれる

心理学に自己決定感という概念がある。自分の意志で選んだ、という感覚が満たされた時に、人はより強い価値を感じる、という現象。
ガツガツされてる時、相手は選んでいない。向こうから全部来るから、選ぶ余地がない。選んでいないものへの執着は弱い。
追いかけたくなる女の前では、男性が自分の意志で選んで近づく体験が生まれる。彼女が自分の生活を生きてるから、近づくタイミングが男性が作ることになる。自分が作ったタイミングで近づいた体験が積み重なると、自分がこの人を選んでるという感覚が強くなる。
自分で選んだという感覚が強い相手ほど、手放したくなくなる。追いかけたくなる女とは、相手が自分で選ぶ体験を積み重ねられる女。その体験を積み重ねられるのは、彼女が彼女の生活を生きてるから。

不完全な存在にだけ生まれる、埋めたいという本能

もうひとつ、大事な話をする。
追いかけたくなる女には、なぜか埋めたい余白がある。完全じゃない。もっと知りたい部分が残ってる。全部わかった感じがしない。
この余白は、作ろうとして作れない。ミステリアスを演じようとして作った余白は、作ってる感が伝わって機能しない。
本物の余白は、その人が本当に自分の生活を持ってることから生まれる。自分の仕事がある。自分の友達がいる。自分が夢中になれることがある。これらが本物としてあると、男性が関われる時間に自然な限りが生まれる。全部を知れない部分が、自然に残る。
この自然に残った余白に、もっと知りたいという欲求が生まれる。もっと知りたいという欲求が、追いかけたいという行動に変わる。
作った余白は見えてしまう。本物の余白は作れない。あるかないかは、その人の生活の中身が決める。

追いかけてしまう本能は、得るより失う方向に強く反応する

損失回避という心理がある。人間は何かを得る喜びより、失う痛みに対して倍以上強く反応する、という現象。
常にそこにいる女性は、失う感覚が生まれにくい。いつでも連絡できる、いつでも来てくれる、という安心感が、失う予感を消してしまう。
自分の生活を生きてる女性は、いつでも会えるわけじゃない。自分の予定がある。自分の時間がある。その感覚が、男性の中に失うかもしれないという予感を作る。
失うかもしれない、という感覚が、追いかけたいという行動の燃料になる。これは作れない。本当に彼女自身の生活があるから、自然に生まれる。
今ちょっと待って、と言った彼女。帰るね、と言ってそのまま帰った彼女。今日仕事が楽しかった、とだけ送ってきた彼女。全員に共通してるのは、その瞬間に男性より先に自分があった、ということ。その一点だけが、追いかけたくなる感覚を生んでた。

覚悟すべきリスク、自分起点で生きることのコスト

自分優先に見えて、冷たい女と誤解されることがある

自分の生活を先に持って、相手への意識を薄める移行期に、誤解が生まれることがある。
それまでガツガツしてた場合、急に反応が変わると相手に冷めたと思われる可能性がある。返信が減る、誘いが減る、という変化が、気持ちが変わったと解釈されるパターン。
これは変化のタイミングに起きやすいリスク。急に変えると、急な変化として目立つ。じわじわ変えると、自然な生活の変化として見られやすい。変え方のスピードで、誤解の量が変わる。

感情がない相手には、何も変わらない可能性

もうひとつの現実的なリスク。
自分の生活を充実させて、相手への意識の割合を下げても、相手が動いてこない場合がある。一ヶ月、自分起点で動いて、相手から何も変化がなければ答えが出た、ということ。
動いてこなかったのは、追いかけさせる方法が悪かったんじゃない。追いかけるだけの感情が、相手の中になかったということ。早く答えが出た、に変換できる。
一ヶ月で答えが出ることと、相手起点で動き続けて三ヶ月後に答えが出ることを比べてほしい。消耗した量が全然違う。エネルギーが残ってる分、次の一手を考える余裕が残る。

追いかけたくなる女は、結果として起きることで目指せない

最後に、これだけ言っておく。
追いかけたくなる女になろうとしないで、と言いたい。
なろうとした瞬間に、演じることになる。演じると透けて見える。透けた瞬間に、追いかけたくなる感覚が消える。目標にした瞬間に、手が届かなくなるものがある。
追いかけたくなる女は、自分の生活を本当に生きてる女の周りに、結果として起きることとして現れる。今日仕事が楽しかったから、それを誰かに伝えたかった。友達が一人でいたから、気になってそっちに行った。帰る時間になったから、帰った。
これ全部、目的がない。誰かに追いかけてもらうための行動じゃない。ただその人が、その瞬間に大切だと思うことをやってる。
その積み重ねが、ある人の頭の中で起きる変化を生む。今ちょっと待って、と言われた瞬間に何かを感じた友人の顔を、今でも覚えてる。あれが追いかけたくなる瞬間の顔だった。作れるものじゃないと、あの顔を見てから思ってる。

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