男性がめちゃくちゃにしたいと思う女性の心理と逆張りで読み解くその正体

目次

めちゃくちゃにしたいは下品な言葉だ、世間はそう思う

男性からそういう言葉を向けられた、もしくは男性がそういう感情を持つことを知って、どう反応していいかわからない。
引いた方がいいのか、喜んでいいのか、危ない人なのか、それとも本気で好きな証拠なのか。
これって、どういう意味なんだろう…
世間の反応はだいたい二つに分かれる。いやらしい、という拒否反応か、褒め言葉として素直に受け取る、かのどちらか。でもこのどちらも、男性が感じてる感情の本質からずれてる。
めちゃくちゃにしたいという言葉が出てくる時、男の頭の中で何が起きてるかを話す。

この言葉を字義通りに受け取ると、全部が見えなくなる

めちゃくちゃにしたい、という言葉を字義通りに受け取ると、性的な欲求として処理してしまいがちになる。
確かに性的な文脈で使われることもある。でもこの言葉が出てくる時、多くの場合その底にあるのは性的な欲求だけじゃない。もっと根本的な感情が動いてる。
それは、自分を制御できなくなるくらい、その女性に引き寄せられてしまっているという感覚。
人間は自分がコントロールできてる状態が通常。でも何かに強く引きつけられた時、そのコントロールが崩れる感覚が生まれる。めちゃくちゃにしたい、という言葉は、その崩れた感覚が言語化されたもの。相手をめちゃくちゃにしたいんじゃなくて、その女性の前で自分がめちゃくちゃになってる、という状態に近い。

世間がこの言葉を誤解する理由

この言葉への誤解が生まれる理由は、感情と表現の間にある距離を埋めずに字面だけで読んでしまうから。
男性は感情を言語化するのが得意じゃないことが多い。好きという感情が大きくなった時に、好きです、という言葉が出てくるとは限らない。感情の大きさに対して、言葉が追いつかない。
その追いつかない感情が、めちゃくちゃにしたい、という形で出てくることがある。直訳じゃなく、感情の翻訳として受け取る必要がある。
この翻訳ができる女性と、字義通りに受け取る女性では、男性の本音からの距離が全然違う。

めちゃくちゃにしたいという感情が生まれる時、男の頭の中で何が起きてるか

この感情を持ったことがある、という男性の本音

男性の友人複数人に、正直に聞いたことがある。女性に対してそういう感情を感じた経験があるか、と。
ほぼ全員が、ある、と答えた。
どういう時に生まれるか、という問いへの答えが興味深かった。
一人が言ったのは、この人のことがわからなくなってくる時、という言葉だった。距離が近づいてると思ったら引かれる。でも嫌いなわけじゃない。何を考えてるか読めない。そういう時に、もうどうにかなってしまいたい、みたいな感覚が来る、と。
別の友人は、こう言ってた。完璧に制御できてた感情が、ある瞬間から制御できなくなる。その瞬間に出てくる言葉が、そういう感じになる、と。
制御できなくなる、という表現が共通してた
もう一人は、その人に翻弄されてる自分に気づいた時、という言い方をしてた。自分がその人の動向に左右されてるとわかった瞬間に、もうぐちゃぐちゃにしてやりたいという感情が出てくる、と。

制御できなくなる感情の、構造的な正体

これをもう少し分解する。
人間は自分の感情が制御できてる状態を好む。感情が予測範囲内に収まってる状態が、心地よい。でも特定の誰かに対して、感情が予測範囲を超え始めることがある。
この人のことを考えてしまう。会いたいと思ってしまう。返信を確認してしまう。会った後にまた会いたくなってしまう。自分でも驚くくらい、その人への意識が増えていく。
この制御を超えた状態が、男性の中で特定の言語に変換される。もっと近づきたい、独占したい、この人の全部を知りたい、という感情が、めちゃくちゃにしたい、という言葉として出てくることがある。
言葉は乱暴に聞こえる。でも底にある感情は、この人に強く引きつけられてしまっているという状態。

軽い気持ちから出た場合との、決定的な違い

この言葉が全員において深い感情から出てるわけじゃない。
軽い気持ちや、見た目への衝動的な反応として出てくる場合もある。この二つを区別する目が必要。
深い感情から出てる場合の特徴がある。その言葉の前後に、その人への関わりの蓄積がある。一緒に過ごした時間がある。相手のことを知ろうとしてきた形跡がある。感情が育ってきた文脈がある。
衝動的な反応の場合は、関わりの蓄積がなく唐突に出てくる。接触が浅いのにいきなりそういう感情が出てくるのは、深い感情じゃなく表面的な衝動である可能性が高い。
どちらかを見分けるのは、その言葉が出るまでの関係性の厚さを見ること。蓄積のある言葉と、蓄積のない言葉では、重さが全然違う。

めちゃくちゃにしたいと思わせる女性の共通点

男の感情を制御不能にする女性に、共通してること

先ほどヒアリングした友人たちに、続けて聞いた。そういう感情を持った相手の女性は、どういう人だったか、と。
返ってきた答えに共通点があった。
読めない、という言葉が一番多く出てきた。この人は何を考えてるかわからない、次どうするかわからない、距離感が計算できない。
次に多かったのが、自分の世界がある、という言葉。俺のことを気にしてるんだろうけど、でも俺だけを見てるわけじゃない感じ。自分の生活をちゃんと生きてる。
そして、さらっとしてる、という言葉も出てきた。傷ついてそうなのに、引きずってない。感情があるのに、流されてない。その軽さが、何なんだろうと気になって仕方なかった、と言ってた友人がいた。
(読めない、自分の世界がある、さらっとしてる。この三つが重なってる女性の前で、男の感情が制御不能になってた)

追いかけたくなるとは違う、もっと根本的な引力

追いかけたくなる女性の話はこれまでにも書いてきた。でもめちゃくちゃにしたいという感情は、追いかけたくなるより一段強い引力から来てる。
追いかけたくなる、は相手への興味が持続してる状態。めちゃくちゃにしたい、は相手への感情が自分の手に負えなくなってる状態。この差は大きい。
後者の方が、感情の深さが違う。前者はまだ自分がコントロールしてる。後者はコントロールが崩れてる。崩れた感情を持ってる相手に対して、人はより強く縛られる。
崩れた感情を引き出した女性が、記憶から離れなくなる。あの人は何だったんだろう、という問いが頭の中に残り続ける。

9割がやらない逆の一手は、この言葉を受け取った時に動じないこと

じゃあ、受け取った側としてどうするか。

引いても、舞い上がっても、どちらも同じ結果になる理由

この言葉を向けられた時の反応のパターンはだいたい二つ。引く、もしくは舞い上がる。
引いた場合。相手の感情を怖いものとして処理して、距離を置く。これをやると、感情を受け取ってもらえなかったという体験を相手に残す。感情の行き場がなくなって、気持ちが萎む。
舞い上がった場合。これほど感情を動かされてる、という事実に舞い上がって、急にあんたも全部を出してしまう。これをやると、制御不能だった男の感情が急に落ち着く。手に入った感覚が生まれて、追いかける必要がなくなる。
どちらも、男の感情を制御不能にしてた状態を終わらせる方向に動く。
9割の人がこの二択を選ぶ。だから逆をいく。

動じないとはどういうことか、具体的な受け取り方

動じない、というのは無反応でいることじゃない。
その言葉を受け取りながら、自分の軸を保ったままでいること。
例えばこんな受け取り方がある。そういう気持ちにさせてるんだとしたら、なんか面白いね、とさらっと返す。または、それはどういう意味で言ってるの、と少し興味を持った感じで聞き返す。重くもなく、軽くもなく、ただそのまま受け取って自分の言葉で返す。
舞い上がってもなく、引いてもなく、ただ平然と受け取ってる女性を前にした時、男の感情はどうなるか。さらに制御不能になる方向に進む。この人は動じない、という新しい情報が入ってくるから。
動じないことが、感情をさらに深いところに引き込む引力になる。

この言葉の後に、どう関わるか

具体的に続きの話をする。
この言葉が出た後、多くの女性がやりがちなことがある。急に意識しすぎて、態度が変わってしまう。それまで自然にできてた会話が、ぎこちなくなる。意識しすぎた行動が出る。
これが、感情を萎ませる一番の原因。
逆をやる。その言葉が出た後も、それまでと同じように関わる。自分の生活を同じように生きてる。会う時も同じ自分で会う。相手の感情に振り回されず、自分のペースを保ったまま。
この変わらなさが、相手の中で引力として機能し続ける。言った後に相手が変わってしまうと、言う前の状態が特別だったんだな、という感覚になる。変わらないと、この人はやっぱり何なんだろう、という問いが続く。

なぜ制御不能な感情を引き出した女性が記憶に残り続けるのか

ザイガルニック効果、未完了のものが頭に残り続ける

ザイガルニック効果という心理現象がある。完了したことより、未完了のことの方が記憶に残りやすい、という現象。
テスト前の方が内容を覚えてて、終わった後は忘れる。未解決の問題は頭から離れない。完結したことは、脳が処理を終えて保存先に送る。未完了のことは、処理が続いてる状態で残り続ける。
恋愛に置き換えると、全部がわかった相手より、まだわかってない部分が残ってる相手の方が、頭に残り続ける。めちゃくちゃにしたいという感情を引き出す女性は、この未完了感を持ってる。
読めない、という言葉が共通してたのは、この未完了感の表れ。まだ全部わかってない、だから頭の処理が続いてる。処理が続いてる間は、その人から頭が離れない。

感情の揺れが大きいほど、記憶に刻まれる深さが変わる

人間の記憶は、感情の揺れが大きい時の体験ほど深く刻まれる。これはフラッシュバルブ記憶という現象に近い。感情が動いた瞬間の記憶は、そうでない時より鮮明に保存される。
めちゃくちゃにしたいという感情は、感情の揺れの大きさが相当なもの。その揺れを引き出した体験は、通常の記憶より深いところに刻まれる。
何年も経ってから、ふとあの人のことを思い出す、という現象の正体がこれ。感情の揺れが大きかった体験は、時間が経っても消えにくい。その揺れを引き出した女性が、ある種の特別さとして記憶の中に残り続ける。

自分の感情を制御できなかった体験は、その相手への執着を育てる

もうひとつ、大事な心理を話す。
人間は自分がコントロールできなかった体験に対して、その原因を理解したくなる本能がある。なぜ自分はあの人の前でこうなってしまったのか、という問いが頭の中で続く。
この問いが続いてる間、その女性への意識が保たれる。答えが出るまで、頭から離れない。でも読めない女性の場合、答えが出にくい。答えが出ない問いは、頭の中で処理が続く。
制御できなくなった感情の原因を探し続けることが、その女性への執着として現れる。原因を探す行動が、もっと知りたいという行動に変わる。もっと知りたいが、会いたい、追いかけたいに変わる。
めちゃくちゃにしたい、という感情は終着点じゃない。その感情を引き出した相手への追いかけたいという行動の、起点になってることが多い。

覚悟すべきリスク、この感情が関係に持ち込むもの

強い感情は、関係を急加速させることがある

めちゃくちゃにしたいという強い感情を持ってる相手は、関係を一気に進めようとすることがある。
感情が制御できない状態は、行動にも影響する。普通なら段階を踏むはずのところを、飛ばそうとする。急接近を求める、早く二人きりになろうとする、関係を確定させたがる。
これに流されてしまうと、関係の進み方が本来のペースより速くなる。速く進んだ関係は、土台が追いつかないまま先に行ってしまうことがある。
感情が強い相手の熱量に引きずられず、自分のペースを保つことが、長い目で見た関係の質を守ることになる。

感情の強さと、人としての誠実さは別の問題

これだけは正直に言っておく。
めちゃくちゃにしたいという感情の強さは、その人が誠実かどうかとは別の話。強い感情を持つことと、その人があんたを大切にしてくれるかどうかは、切り離して考える必要がある。
感情の強さに目を向けすぎると、人としての部分の見極めが甘くなる。強く引きつけられてる、という事実だけで関係が進んでしまうと、後から本質的な部分での不一致が出てくることがある。
感情は本物かもしれない。でも感情の強さと、この人と関係を深めていくかどうかの判断は、別のところでする。感情に動かされながら、頭は使う。この両立が、あんたの側に必要なことなんだ。

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