早く忘れて前を向け、世間はそう言うから忘れようとするほど忘れられなくなる
振られた。もう何日も、いや何週間も、あの人のことばかり考えてる。何をしてても頭に浮かぶ。夜になると特にきつい。
こんな自分がみっともなくて、情けなくて、早く抜け出したい。
いつまで引きずってるんだ。さっさと忘れて前を向かなきゃ
で、調べると出てくる。新しい趣味を始めよう。新しい出会いを探そう。忘れる努力をしよう。前を向こう、と。
この忘れる努力が、一番忘れられなくさせてる。しかもその努力は、かっこよさからも一番遠い。
忘れようとする努力が、記憶を強化する仕組み
心理学に皮肉過程理論という現象がある。
シロクマのことを考えないでください、と言われると、シロクマのことしか考えられなくなる。何かを忘れようと意識するほど、その何かが頭の前に出てくる。
失恋を忘れようとする努力は、これと同じ構造。あの人のことを考えないようにしよう、と意識するたびに、あの人のことを思い出してる。忘れる努力が、思い出す作業になってる。
新しい趣味も、新しい出会いも、あの人を忘れるためにやってる限り、全部あの人を経由してる。この趣味はあの人を忘れるためのもの、という意識が、常にあの人を呼び戻す。
忘れようとするほど、忘れられない。
無理に立ち直ろうとする姿が、一番かっこ悪い理由
もうひとつ、かっこよさの話をする。
振られてすぐに、平気なフリをする。何事もなかったように振る舞う。急に明るくなって、もう吹っ切れたと言う。新しい出会いを焦って探す。
これ、傍から見ると一番痛々しい。
なぜかというと、無理してるのが透けて見えるから。平気なフリの裏にある必死さが、かえって痛みの大きさを露呈する。吹っ切れたと言うほど、吹っ切れてないのがわかる。
本当に痛みを抱えてる人が、その痛みを認めずに無理して笑ってる姿は、かっこいいんじゃなくて見てられない。痛々しさは、かっこよさの対極にある。
失恋を無理に忘れようとして、こじらせた男の話
私が見てきた男性の話をする。
吹っ切れたフリをして、余計に長引いた友人の話
私の男友達に、失恋してすぐ吹っ切れたフリをした人がいた。
振られた次の週から、急に明るくなった。全然平気、いい経験だった、次いこう次、と言い続けてた。すぐにマッチングアプリを始めて、片っ端から人と会い始めた。
はたから見てて、痛かった。
彼の明るさが、明らかに空元気だったから。次いこう、と言うたびに、まだ全然次に行けてないのが伝わってきた。会う人会う人に、前の恋の話をしてしまってた。忘れるために会ってるのに、会うたびに思い出してた。
半年後、彼はまだ引きずってた。吹っ切れたフリをしてた半年間、彼は一度も自分の痛みと向き合ってなかった。向き合ってないから、痛みが処理されないまま残り続けてた。
無理に忘れようとした半年が、そのまま引きずる半年になってた。
逆に、堂々と引きずった男が早く立ち直った話
別の男友達は、正反対だった。
振られた後、彼は隠さなかった。しんどい、と正直に言った。まだ忘れられない、とも言った。無理に明るくしなかった。新しい出会いを焦って探すこともしなかった。
彼は、ちゃんと落ち込んでた。
飲みに行くと、まだきついわ、と言いながら、でも湿っぽくはならなかった。しんどい事実を認めながら、それを引きずってる自分を責めてなかった。時間がかかるものだと、受け入れてた。
その彼が、意外と早く立ち直った。
半年後には、自然に前を向いてた。無理じゃなく、本当に。痛みをちゃんと味わったから、処理が進んだんだと思う。
そして、堂々と落ち込んでた彼の方が、なぜかかっこよかった。
痛みを認めて、でもそれに飲み込まれずに、淡々と過ごしてる姿。あれが失恋男のかっこよさなんだ、と彼を見て思った。
9割がやらない逆の一手は、忘れようとせずに引きずり切ること
じゃあどうするか。忘れようとする全員と逆をいく。
忘れようとしない、痛みを味わい切る
忘れる努力をやめる。あの人のことを考えないようにする、をやめる。考えたいだけ考える。思い出したいだけ思い出す。しんどいなら、しんどいまま過ごす。
痛みから逃げるんじゃなく、痛みの中にちゃんといる。
これ、逆説的に聞こえるかもしれない。でも痛みは、味わい切ると処理が進む。逃げ続けると、処理されないまま残る。骨折を放置すると治らないのと同じで、痛みも向き合わないと治らない。
考えたいだけ考えていい。泣きたいなら泣いていい。しんどいと言っていい。忘れようとしないことが、実は一番早く忘れる方法になる。9割の人はこれができない。早く忘れなきゃと焦るから。焦りが、処理を止める。
引きずりながら、日常だけは淡々と続ける
ただし、ひとつだけ条件がある。
痛みを味わい切る、というのは日常を放棄することじゃない。
引きずりながらも、仕事には行く。食事はとる。風呂に入る。睡眠をとる。友達との約束は守る。感情は引きずったまま、でも生活の枠組みだけは淡々と続ける。
感情と行動を切り離す。感情はしんどいまま。でも行動は、日常を回す。
これが、かっこよく引きずる形。感情に飲み込まれて生活が崩壊するのは、ただの自滅。感情を抱えながら、生活は淡々と続ける。この姿が、失恋男のかっこよさの正体。痛みを認めながら、崩れない。この両立が、見てる人の心を打つ。
連絡したい衝動が来た時にやること
失恋してる時、一番危険なのが元の相手に連絡したくなる衝動。
夜、寂しくなって、あの人に連絡したくなる。もう一度話したくなる。復縁を持ちかけたくなる。この衝動が、定期的に来る。
連絡しない。でも我慢して耐える、じゃなくて、その衝動を書き出す。
連絡したくなったら、スマホのメモでもノートでも、今あの人に言いたいことを全部書く。送らずに、書くだけ。書き終わったら、それで終わり。送らない。
書くことで、衝動のエネルギーが外に出る。頭の中で暴れてた言葉が、文字になって外に出ると、少し落ち着く。連絡したいという衝動は、言葉にして吐き出すと、送らなくても収まってくることが多い。
これを繰り返すうちに、連絡したい衝動の頻度が下がってくる。
なぜ引きずり切る方が早く立ち直れるのか
感情は抑圧すると強くなり、味わうと薄れる
感情には、面白い性質がある。抑え込もうとすると強くなり、ちゃんと味わうと薄れていく。
悲しみを感じないようにしようとすると、悲しみが体の中で膨らむ。逆に、悲しいと認めて、その悲しみをちゃんと感じると、悲しみは波のように来て、そして引いていく。
失恋の痛みも同じ。忘れようとして抑え込むと、痛みが処理されずに残る。ちゃんと味わうと、痛みが波として来て、少しずつ引いていく。
感情の処理は、感じることでしか進まない。逃げてる限り、処理は始まらない。だから引きずり切ることが、逆説的に一番早い立ち直り方になる。抑えるより、味わう方が速い。
痛みを認めた人間が持つ、静かな強さ
かっこよさの正体を、もう一段深く話す。
痛みを認めない人間は、痛みに支配されてる。認めたくないほど、痛みが本人を動かしてる。平気なフリの必死さは、痛みに振り回されてる姿。
痛みを認めた人間は、痛みと共存できてる。しんどい、と言える人は、そのしんどさを客観的に見れてる。見れてるということは、そのしんどさに完全には飲み込まれてない、ということ。
この、痛みを抱えながら飲み込まれてない状態が、静かな強さとして表れる。無理に明るくしてる人より、しんどいと淡々と言える人の方が、深みがある。その深みが、かっこよさとして伝わる。
かっこいい失恋男は、痛みがない男じゃない。痛みを認めて、それでも崩れずにいる男。
無理に前を向く人より、痛みと向き合う人の方が魅力的に見える理由
もうひとつ、周りから見た時の話をする。
無理に前を向いてる人を見ると、見てる側は、ああ無理してるな、と感じる。そして、その無理を壊さないように気を使う。一緒にいて疲れる。
痛みと向き合ってる人を見ると、見てる側は、この人は自分の感情に正直なんだな、と感じる。信頼できる、と思う。無理してないから、一緒にいて疲れない。
失恋を経て痛みと向き合った男は、感情に正直な人間として映る。感情を扱える人間は、成熟して見える。この成熟が、次の恋愛でも魅力になる。
無理に忘れて次に行った男より、ちゃんと引きずって処理した男の方が、次の関係で深みを持てる。痛みと向き合った経験が、人としての厚みになる。
覚悟すべきリスク、引きずり切ることの注意点
引きずることと、溺れることの境界線
これははっきり言う。
引きずり切る、というのは溺れることじゃない。
痛みを味わうことと、痛みに溺れて生活が崩壊することは、別物。仕事に行けなくなる、食事がとれなくなる、眠れない日が何週間も続く、日常が完全に止まる。これは引きずり切るじゃなくて、溺れてる状態。
溺れてる状態が長く続く場合、一人で抱え込まずに、誰かに話す、専門家に相談する、という選択も必要になる。感情を味わうことと、感情に押し潰されることの境界線を、見失わないでほしい。
淡々と日常を続けながら引きずる。日常が続けられなくなったら、それは引きずるを超えて溺れてるサイン。その時は、助けを求めていい。
引きずる期間には個人差がある
もうひとつ言っておく。
引きずる期間に、正解はない。三ヶ月で立ち直る人もいれば、一年かかる人もいる。関係の深さ、付き合った期間、別れ方によって、必要な時間は変わる。
早く立ち直らなきゃ、と焦る必要はない。周りと比べる必要もない。あんたの痛みは、あんたのペースで処理される。
まだ引きずってる自分を責めないこと。責めることが、処理を止める。時間がかかってもいい、と自分に許可を出すことが、逆に処理を進める。
引きずり切った先に、自然に来るもの
最後に、これだけ言っておく。
痛みを味わい切ると、ある日ふと、今日はあの人のことをあまり考えなかった、という日が来る。その日は突然じゃなく、じわじわ増えていく。
忘れようとして忘れられなかったものが、忘れようとするのをやめた時に、自然に薄れていく。これが、引きずり切ることの結末。
そして、痛みと向き合った経験は、消えない財産になる。感情を扱えるようになった経験が、次の恋愛で深みを作る。かっこよく立ち直った男は、痛みを避けた男じゃなく、痛みを通り抜けた男。
無理に忘れようとしてこじらせた友人と、堂々と引きずって早く立ち直った友人。二人を見てきて、はっきりわかったことがある。かっこいい失恋男は、痛みがない男じゃない。痛みを認めて、それでも生活を続けて、通り抜けた男だ。
今、引きずってるなら、引きずり切っていい。忘れようとしなくていい。ちゃんと痛んで、でも淡々と生活を続ける。その姿が、あんたが思ってるよりずっと、かっこいい。

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