余裕のある女を演じようとするほど余裕のなさがバレる逆張りの一手

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余裕のある女を演じろ?

本当は不安。でも余裕がある女に見せたい。
だからLINEが来ても三時間後に返す。誘いを一回断ってから承諾する。感情が揺れてても表情に出さない。ネガティブなことは言わない。いつも機嫌よく、落ち着いたトーンで、クールに振る舞う。
これが余裕のある女でしょ。完璧にやってみせる
でも実際どうか。演じてる最中、頭の中は余裕のない言葉で溢れてる。三時間後に返そうとスマホを手に持ちながら、早く返信したい。断ってから承諾しながら、本当はすぐOKしたかった。落ち着いたトーンで返しながら、全然落ち着いてない。
内側と外側が完全に逆になってる。この逆転状態が、相手に届いてしまう。

演じる余裕が崩れる、三つの瞬間

余裕を演じることには、致命的な弱点がある。維持するのにエネルギーを使いすぎて、必ず崩れる瞬間が来る。
ひとつ目は、相手から予想外の反応が来た時。返信が遅れた、既読スルーされた、誘いを断られた。この瞬間に、演じてたクールさが一気に崩れる。表情に出る、LINEの文体が変わる、態度が急に変わる。崩れた瞬間の落差が、大きければ大きいほど、演じてたことが露骨にわかってしまう。
ふたつ目は、長い時間一緒にいた後。一時間くらいは演じられる。でも四時間、五時間と一緒にいると、演じる体力が切れてくる。素が出てくる。その素の自分と、最初の演じてた自分の温度差が、相手の中で引っかかる。
三つ目は、相手が油断した瞬間に質問してきた時。余裕のある女を演じてる最中に、あれ、もしかして今日ちょっと焦ってる? みたいなことをさらっと聞かれる。この一言で全部が崩れる。見えてたんだな、とわかる。(泣)

余裕ある女のフリをしてる時、相手に伝わってるもの

男性の友人に、余裕を演じてる女性と本物の余裕がある女性を見分けられるか、と直接聞いた。
全員、わかる、と答えた。
どう違うか、という問いに、演じてる子はなんか頑張ってる感じがする、という言葉が返ってきた。余裕のある人って、そもそも余裕を出そうとしてないんですよ。出そうとしてる人は、出そうとしてることが伝わってしまう、と。
別の友人は、もっと直接的な言い方をしてた。演じてる子と一緒にいると、なんか気を使わないといけない感じがする。この子の演技を壊さないようにしなきゃ、みたいな。それが疲れる、と。
演じてる側が気を使ってるつもりが、相手も気を使わされてた…
これが、余裕を演じることの最大の問題。自分が疲れるだけじゃなく、相手まで疲れさせてしまう。一緒にいて疲れる人に、追いかけたいとは思われにくい。

余裕のない自分を完璧に隠そうとした、あの頃の話

クールに見せようとするほど、クールから遠ざかっていった

二十代半ば、気になる人がいた時期に、余裕のある女を徹底的に演じようとした時期がある。
当時の私は、マジで頑張ってた。LINEのタイミングを計算して、返信の長さを調整して、デートでは感情を出しすぎないように気をつけて、楽しくても楽しすぎないようにして、好きでも好きすぎないようにして。
一言で言うと、全部を調整してた。
結果どうなったか。デートが終わるたびに、どっと疲れた。楽しかったはずなのに、帰り道がぐったりしてた。演じ続けるのに、全神経を使い果たしてたから。
これって、デートを楽しんでたんじゃなくて、演じる仕事をしてたんだな…
そう気づいた時、もう少し続けてみようとは思えなかった。疲れすぎてた。

演じてる最中に崩れた、あの瞬間

演じ続けた甲斐もなく、あっさり崩れた夜があった。
四回目のデートの帰り道。彼が少し後ろを歩きながら、さりげなく聞いてきた。ねえ、なんか今日緊張してた? って。
固まった。
バレてた。全部バレてた…!
四回のデートで積み上げてきた余裕のある女の演技が、一言で崩れた。あ、はい、ちょっとだけ、と白状したら、彼が笑って、そっちの方が全然いいよ、って言った。
それまでの四回分より、その五分の方が圧倒的に距離が縮んだ。演じ続けてた時間は何だったんだろう、と少し泣きそうになった。崩れた瞬間に、ようやく本物の会話が始まった気がした。

9割がやらない逆の一手は、余裕を演じるんじゃなく余裕のある行動だけを先に入れること

感情は演じない、行動だけを変える

ここが核心。
余裕のある女を演じようとするアプローチは、感情を変えようとしてる。不安なのに不安じゃないように振る舞う、落ち着いてないのに落ち着いてるように見せる。感情と行動を乖離させようとしてる。これが限界を生む。感情は制御できないから。
逆をやる。感情は触らない。行動だけを変える。
不安のまま、LINEより先にコーヒーを淹れる。焦ったまま、返信より先に今やってた仕事を一個終わらせる。ドキドキしながら、自分の予定を相手の都合より先に入れる。感情はそのままでいい。行動の順番だけを変える。
感情と行動を一致させようとすると、演じることになる。行動だけを先に変えると、感情が後からついてくる。この順番の違いが、演じる余裕と本物の余裕の分岐点。

今日から入れられる、余裕のある行動三つ

具体的に言う。感情は変えなくていい。行動だけ変える。
ひとつ目。返信より先に、今やってることをひとつ終わらせる。LINEが来ても、今読んでる本のページを読み終わってから返す。コーヒーを飲み終わってから返す。たったこれだけ。不安なまま、焦ったまま、でも行動の順番だけが変わってる。
ふたつ目。週に一回、相手と完全に関係ない予定を自分の予定として先に入れる。相手から誘いが来た時に、その日はもう予定があって、と正直に言える日を作る。予定があるから断る、は演じてない。本当に予定があるから。これが本物の断り。
三つ目。デートや会話の中で、自分が楽しいと感じた瞬間に、素直に楽しい、と言う。逆説的に聞こえるかもしれないけど、感情を素直に出すことが余裕の証拠になる。余裕のない人は感情を隠す。余裕のある人は感情を持ちながら、それに支配されない。感情を出すことと、感情に飲み込まれることは別物。
三つとも、感情を演じてない。行動の選択だけを変えてる。この差が、演じた余裕と本物の余裕の違いとして相手に届く。

なぜ行動が先で感情が後なのか、心理の構造

余裕のある行動が、余裕のある感情を後から作る

心理学に行動活性化という概念がある。感情が変わるから行動するんじゃなく、行動するから感情が変わる、という現象。うつ状態の時に、やる気が出るのを待っても出ない。でも小さく動くと、少し気分が変わってくる。感情を先に変えることはできない。行動を先に変えることはできる。
余裕のある行動を先に入れると、余裕のある感情が後からついてくる。返信より先に何かを終わらせる習慣が続くと、通知が来ても全部止まる感覚が薄くなってくる。自分の予定を先に入れる習慣が続くと、相手の都合に全部合わせなくていいという感覚が育つ。
感情を変えようとするから演じることになる。行動を変えると、感情が後からついてくる。この順番さえ守れば、演じなくていい。演じない余裕の方が、演じた余裕より相手に届く情報の質が全然違う。

相手が感じ取る余裕は、感情じゃなく行動から来てる

相手が余裕を感じ取る時、何を見てるか。
感情は見えない。表情には出るけど、感情そのものは届かない。行動は見える。LINEの返信のタイミング、予定の持ち方、会ってる最中の動き方。これ全部が行動。
相手が余裕を感じ取るのは、感情のレベルじゃなくて行動のレベルで起きてる。今やってることを終わらせてから返信してる、という行動が余裕として映る。自分の予定を先に持ってる、という行動が自立として映る。楽しい時に楽しいと言える、という行動が余裕として映る。
内側で何を感じてても、行動が余裕のある形をしてれば、余裕として受け取られる。演じる必要がない。行動を整えるだけでいい。行動を整えることは、感情を偽ることとは全然違う。

演じてる人が疲れる理由、認知的負荷の問題

もうひとつ、心理学の話をする。
認知的負荷という概念がある。頭が処理しなきゃいけない情報量が多い状態、というもの。余裕のある女を演じてる状態は、認知的負荷が異常に高い。
今の表情は余裕があるか、返信のタイミングはどうか、今の反応は出しすぎてないか、このセリフは計算通りか。全部を同時に処理しながら会話してる。頭の中でふたつのことを同時にやってる状態。
認知的負荷が高い状態は、パフォーマンスが落ちる。本来できるはずの会話の面白さが出なくなる。笑顔のタイミングがずれる。相手の言葉への反応が遅れる。これが、一緒にいて疲れる、という相手の感覚につながってる。
行動だけを先に変えた状態は、演じてない分、認知的負荷が低い。頭が会話に集中できる。笑顔が自然に出る。相手の言葉への反応が素直に出る。この自然さが、余裕として相手に届く。

覚悟すべきリスク、演じることをやめた過渡期の話

演じることをやめた直後に来る、むき出しの不安

余裕を演じることをやめた瞬間に、何が起きるか。
不安がむき出しになる。それまで演技で覆ってた不安が、行動で演じることをやめた分だけ前に出てくる感覚がある。LINEを返したい時に返すと、早すぎないか、という不安が来る。断らずにすぐOKすると、軽く見られないか、という不安が来る。
この不安は本物。なくならない。でもこれは演じてる時も同じ。演じてる時も、不安の量は変わってなかった。演技で蓋をしてただけ。蓋を外すと、不安の存在が見えやすくなる。見えやすくなっただけで、増えたわけじゃない。
演じることをやめた直後の数週間が、一番きつい。でも演じてた時の疲労と、演じることをやめた時の不安を比べると、後者の方がずっと軽い。疲れてないから、不安を抱えながらでも動ける。

演じることをやめた過渡期に、関係が揺れることがある

それまで余裕を演じ続けてきた関係で、急に演じることをやめると、相手に変化が伝わる。なんか最近変わった? と感じさせることがある。温度が変わった、と思われることがある。
これは関係の設定が変わってるから起きる。演じた余裕の上に成立してた関係は、演じることをやめた時に揺れる。揺れた結果として関係が変わることがある。
ただ、演じ続けて維持してきた関係の正体を考えてほしい。演技の上に成立してた関係は、演技が続く限りしか続かない。演技が続かなくなった時に終わるなら、それはいつか来る終わりを先延ばしにしてただけ。演じることをやめた後に残った関係が、本物の関係の土台になる。
演じた余裕のある女と付き合ったカレと、行動だけ変えた素のあんたを好きになったカレでは、付き合い始めてからの関係の質が全然違う。後者の方が、長続きする。

行動を変えることと、開き直ることは違う

最後にこれだけ言っておく。
演じることをやめる、というのは何も気にしないことじゃない。自分の感情を全部ぶちまけることでもない。不安は不安のまま、焦りは焦りのまま、でも行動の順番だけを変える。感情はコントロールしない。行動を選ぶ。
不安なまま、返信より先にコーヒーを淹れる。それだけ。
それだけなんだよ、本当に
あの夜、緊張してた? と聞かれて白状した時の会話が、四回分のデートより距離を縮めた。余裕のある女を演じてた四回分より、緊張してたと白状した五分の方が、ずっと本物だった。
演じることに使ってたエネルギーを、行動を変えることに使う。感情はそのまま連れていく。余裕を出そうとしなくていい。余裕のある行動だけを、今日一個入れてみる。それだけで、明日の自分が少し変わってくる。

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