デートで緊張すると言われた時の本当の意味と距離が縮まる逆張りの返し方

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緊張を打ち消した瞬間、一番おいしい場面を捨てる

デート中に言われた。なんか緊張する、って。
一瞬、どう返せばいいかわからなくて固まった。
これって脈ありなの? それともただの社交辞令? リラックスして、って言った方がいいのかな
で、後から調べると出てくる。相手が緊張してるなら、緊張をほぐしてあげよう。安心させる言葉をかけよう。リラックスできる空気を作ろう、と。
この緊張をほぐそうとする対応が、一番もったいない。せっかく相手が差し出したサインを、自分から消してしまう。

緊張すると言われた時、9割がやる的外れな返し

緊張する、と言われた時、多くの人がやる返しはこれ。
そんな緊張しなくていいよ。リラックスして。普通にしてて大丈夫だよ。
優しい返しに見える。相手を気遣ってる。でもこの返し、実は相手の言葉を否定してる。
相手は、緊張する、という自分の状態を差し出した。それに対して、緊張しなくていい、と返すのは、その状態を打ち消してる。あなたが今感じてることは、感じなくていいよ、と言ってるのと同じ。
相手が勇気を出して開いた感情を、閉じさせてる。しかもこの返しには、続きがない。緊張しなくていいよ、で会話が終わってしまう。せっかくの流れが、そこで途切れる。

緊張という言葉に込められた、本当のサイン

なぜ緊張をほぐすのがもったいないか。緊張する、という言葉の中身を分解するとわかる。
人は、どうでもいい相手の前で緊張しない。緊張するのは、その相手を意識してるから。よく見られたい、失敗したくない、という気持ちがあるから緊張する。
つまり緊張する、という言葉は、あなたを意識してます、という告白に近い。しかもそれを、わざわざ口に出した。心の中で緊張してるだけなら言わなくていい。それを言葉にしたのは、その意識を相手に伝えたい、という気持ちがどこかにあるから。
これは、差し出されたサイン。それに対して、緊張しなくていいよ、と打ち消すのは、差し出された手を握り返さずに、引っ込めさせる行為。一番おいしい場面を、自分で捨ててる。

緊張すると言われて、打ち消して終わった話

気を遣って緊張をほぐそうとして、流れを切った経験

二十代前半、いい感じの人とのデートで、相手に言われた。なんか今日、緊張しちゃって、と。
当時の私は、気を遣うのが正解だと思ってた。だから即答した。えー、緊張しないでよ、普通でいいよ、と。
相手が、あ、うん、そうだね、と少し引いた感じで返した。
あれ、なんか空気が変わった
その後、会話が微妙にぎこちなくなった。相手が緊張してると言った時の、少し踏み込んだ空気が、私の打ち消しで消えてしまった。せっかく相手が距離を縮めようとした流れを、私が切ってしまった。
後から、なんであの時、緊張しなくていいなんて言ったんだろう、と思った。相手が意識してくれてたサインを、気遣いのつもりで潰してた。あの返しは、優しさじゃなくて、鈍感さだった。

逆に、緊張に乗っかった時、距離が一気に縮まった経験

その失敗から数年後、逆の経験をした。
別の人とのデートで、また相手が言った。なんか緊張するな、って。
今回は打ち消さなかった。代わりに、こう返した。実は私も、さっきからちょっと緊張してる、と。
相手が、え、そうなの? と少し嬉しそうな顔をした。
そこから、お互いの緊張の話になった。実はこういう場面が苦手で、とか、緊張すると変なこと言っちゃうんだよね、とか。お互いの弱いところを見せ合う会話になった。
緊張を打ち消さずに、乗っかったら、距離が縮まった
あの夜、緊張という言葉から始まった会話が、その日一番の盛り上がりになった。打ち消して切ってしまった過去のデートと、乗っかって深まったこのデート。違いは、たった一つの返し方だった。

9割がやらない逆の一手は、緊張を打ち消さずに乗っかること

じゃあどうするか。緊張をほぐそうとする全員と逆をいく。

緊張すると言われたら、自分も緊張してると返す

緊張する、と言われたら、打ち消さない。代わりに、自分も緊張してることを返す。
実は俺も、さっきからちょっと緊張してた。もしくは、わかる、俺も結構緊張してる。この返し。
これをやると、何が起きるか。相手が差し出した緊張という感情に、自分の緊張を重ねることになる。あなただけじゃなく、私も同じ、という状態が生まれる。緊張してるのが自分だけじゃないと知って、相手はほっとする。そして、お互い緊張してるという共通の場所ができる。
9割の人はこれをやらない。自分は余裕がある風に見せたいから、緊張を認めない。相手だけを気遣う立場に立とうとする。でも、自分も緊張してると認めた方が、距離が縮まる。先に自分の弱さを見せる方が、強い。

緊張を認めた後に、会話をどう広げるか

自分も緊張してると返した後、そこで終わらせない。会話を広げる。
こういう場面って緊張するよね、とか、緊張すると俺、早口になるんだよね、とか、緊張してる時の自分の話を少し足す。すると相手も、私はこうなる、と返してくる。お互いの緊張の癖を見せ合う会話になる。
この会話が、実は自己開示の応酬になってる。緊張してる時の自分、という普段見せない部分を見せ合ってる。表面的な会話じゃなく、少し深い場所での会話に自然に移行してる。
緊張という言葉は、深い会話への入り口。打ち消すとその入り口が閉じる。乗っかると、その入り口から奥へ進める。

緊張を認めながらも、湿っぽくしない

ここは注意点。
自分も緊張してると認めるのは、深刻に告白することじゃない。重くならない。
実は俺も緊張してて、と言う時、笑いながら言う。深刻な顔で、実は…とやると、空気が重くなる。軽いトーンで、お互い緊張してるの面白いね、くらいの温度で出す。
緊張という感情を共有しながらも、その場の空気は軽く保つ。認めることと、重くすることは別物。認めながら笑える、という状態が、一番いい空気を作る。緊張を認めて、それを二人で笑えると、緊張が親しみに変わる。

なぜ緊張に乗っかると距離が縮まるのか

自己開示の返報性、片方が開くともう片方も開く

心理学に自己開示の返報性という現象がある。相手が自分のことを話してくれると、こちらも同じくらい話したくなる、という本能的な反応。
緊張する、というのは相手の自己開示。自分の内面の状態を、相手に見せてる。この自己開示に、こちらも自分の緊張という自己開示で返す。すると、返報性の連鎖が始まる。
一度この連鎖が始まると、お互いにもう少し深い話をしたくなる。緊張の話から、苦手なことの話、失敗した話へと自然に進んでいく。表面的な会話では起きなかった、深い場所での交流が生まれる。
緊張しなくていいよ、と打ち消すと、この返報性の連鎖が始まらない。相手が開いた扉を、閉じてしまう。乗っかることで、扉を開いたまま、一緒に奥へ進める。

弱さの共有が、二人だけの共犯関係を作る

もうひとつ、大事な心理を話す。
お互いが緊張してると認め合うと、二人だけの秘密のような感覚が生まれる。周りには見せてない弱さを、この人にだけ見せてる、という感覚。
この、弱さを共有した関係は、特別な近さを持つ。強がりを見せ合う関係より、弱さを見せ合う関係の方が、ずっと深い。なぜなら、弱さを見せるには信頼が必要だから。弱さを見せ合えたということは、お互いを信頼できる相手だと認め合ったということ。
緊張という弱さを二人で共有した瞬間、二人の間に共犯関係のような親密さが生まれる。この親密さが、距離を一気に縮める。緊張を打ち消すと、この親密さのチャンスを逃す。

緊張を認める人間が持つ、逆説的な余裕

もうひとつ、かっこよさの話をする。
緊張を認めない人は、余裕があるように見せたい人。でも、緊張してるのに緊張してないフリをするのは、実は余裕がない証拠。本当は緊張してるのに、それを隠すことに必死になってる。
緊張を認められる人は、逆に余裕がある。緊張してる自分を、客観的に見て、それを口に出せる。この、自分の状態を認められる余裕が、成熟として伝わる。
緊張してる、と正直に言える人の方が、緊張してないフリをする人より、器が大きく見える。弱さを認められることが、強さの証明になる。この逆説が、緊張に乗っかることのもう一つの効果。

緊張すると言われた、脈ありか社交辞令かの見極め

緊張すると言う相手の、脈ありの可能性

正直、緊張する、という言葉が出た時点で、脈ありの可能性はそれなりに高い。
なぜなら、緊張は意識の表れだから。あなたを意識してなければ、緊張しない。緊張する、と口に出すのは、その意識を隠さずに見せてる、ということ。
特に、こちらから聞いてないのに、自分から緊張すると言った場合。これは、その意識を伝えたいという気持ちがある可能性が高い。心の中で緊張してるだけなら、わざわざ言わない。言葉にしたのは、伝えたいから。

乗っかった後の反応で、本当のところが見える

脈ありかどうかは、乗っかった後の反応でわかる。
自分も緊張してる、と返した時に、相手が嬉しそうにする、会話が弾む、お互いの緊張の話で盛り上がる。この反応なら、脈ありの可能性が高い。
逆に、自分も緊張してると返しても、相手の反応が薄い、会話が広がらない、話題を変えられる。この場合は、社交辞令だった可能性がある。もしくは、まだそこまで意識されてない。
見極めようとして観察するより、乗っかってみて反応を見る方が速い。緊張に乗っかることは、距離を縮める一手であると同時に、相手の本音を引き出す一手にもなる。

覚悟すべきリスク、緊張に乗っかることの注意点

乗っかりすぎて、重くしてしまうリスク

緊張に乗っかる時、やりすぎると逆効果になる。
自分も緊張してると認めた後、それを深刻に掘り下げすぎると、空気が重くなる。実は俺、こういう場面がすごく苦手で、昔からずっと…と長々と語り始めると、相手が引く。
乗っかるのは、軽く。自分も緊張してる、を認めて、少し会話を広げて、笑える範囲で止める。深刻な自己開示大会にしない。
緊張という軽い弱さを、軽く共有する。この軽さのバランスが大事。重くすると、せっかくの親密さが、負担に変わる。

社交辞令だった場合の、引き際

乗っかってみて、社交辞令だとわかった場合。
相手の反応が薄かったら、深追いしない。緊張の話を無理に広げようとせず、自然に別の話題に移る。
社交辞令だったとしても、乗っかったこと自体は失敗じゃない。自分も緊張してると認めたのは、素直な自己開示。それに相手が乗ってこなかっただけ。あんたの返しが悪かったんじゃなく、相手のタイミングじゃなかった、というだけ。
一回乗っかって反応を見る。弾めば進む。弾まなければ、別の場面でまた自然に。緊張という一言に、そこまで賭けなくていい。軽く出して、軽く見極める。それくらいの温度がちょうどいい。
緊張しなくていいよ、と打ち消して流れを切った過去の自分に、今なら言える。打ち消すな、乗っかれ、と。相手が緊張すると言ってくれたのは、距離を縮めるチャンスを差し出してくれたということ。そのチャンスに、自分の緊張を重ねて応える。その一言が、気遣いより、ずっと二人を近づける。

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