離れた夫にもっと尽くして歩み寄れ、けど尽くすほど、夫の気持ちが遠ざかる
最近、夫がそっけない。会話が減った。目を合わせなくなった。スマホばかり見てる。休日に一緒に過ごしたがらない。触れ合いもない。
気持ちが離れてる気がして、不安で仕方ない。
なんとかして、また振り向いてほしい。もっと優しくして、もっと尽くして、歩み寄らなきゃ
で、調べると出てくる。夫に尽くしましょう。笑顔で接しましょう。相手の好きなものを作って、優しく歩み寄りましょう、と。
この尽くして歩み寄れ、が実は逆効果。尽くすほど、夫の気持ちが遠ざかることがある。理由を話す。
離れた夫に尽くすことが、なぜ逆効果になるのか
気持ちが離れた夫に、あんたが尽くす。優しくして、機嫌をうかがって、好きなものを作って、歩み寄る。すると、何が起きるか。
夫にとって、あんたの存在が、より当たり前になる。
尽くされることに慣れると、人はその価値を感じなくなる。毎日尽くしてくれる存在は、空気のように当たり前になる。当たり前の存在に、人は意識を向けない。
さらに、機嫌をうかがう姿は、対等な関係を崩す。あんたが下、夫が上、という構図が強まる。この構図では、夫はあんたを追う理由がない。追われる側になると、人は追う気持ちを失う。
尽くして歩み寄ることは、夫にとってあんたの価値を下げ、対等さを崩し、追う理由を消す。離れた気持ちを取り戻すどころか、遠ざける。
不安から追いかけることが、関係の空気を重くする仕組み
もうひとつ、追いかけることの問題を話す。
気持ちが離れたサインを感じると、あんたは不安になる。その不安から、夫を追いかける。どうしたの、私何かした、最近そっけないよね、と確認する。もっと一緒にいようとする。
この不安からの追いかけが、家の空気を重くする。
夫が家に帰ると、そこに不安そうな妻がいる。機嫌をうかがってくる。確認してくる。この空気が、家を居心地の悪い場所にする。居心地の悪い場所からは、人は離れたくなる。
気持ちが離れかけてた夫が、家の重い空気で、もっと離れる。追いかけることが、逃げたい気持ちを加速させる。悪循環が生まれる。
夫の気持ちが離れた時、私が追いかけて失敗した話
ここで実際の話をする。
不安から追いかけて、空気を重くした経験
私自身、夫の気持ちが離れかけた時期があった。正直に話す。
ある時期から、夫がそっけなくなった。会話が減って、休日も別々に過ごすことが増えた。私は、不安で仕方なかった。
だから、追いかけた。どうしたの、と何度も聞いた。最近そっけないよね、私何かした、と確認した。もっと一緒にいようと、予定を合わせようとした。夫の好きな料理を作って、機嫌をうかがった。
でも、夫はもっと離れていった。
(尽くしてるのに、なんで? 歩み寄ってるのに、なんで遠くなるの?)
後から気づいた。私が追いかけるほど、家の空気が重くなってた。私の不安が、夫にプレッシャーを与えてた。機嫌をうかがう私の姿が、対等な関係を崩してた。
追いかけることが、夫を追い詰めてた。逃げたい気持ちを、私が加速させてた。
自分を取り戻した時、夫が戻ってきた経験
転機は、追いかけるのに疲れた時に来た。
もう追いかけるのをやめよう、と思った。諦めたわけじゃない。ただ、疲れ果てて、自分のことをやり始めた。
昔やってた趣味を再開した。友達と会う時間を増やした。仕事に集中した。夫の機嫌をうかがうのをやめて、自分の生活を生き始めた。
すると、家の空気が変わった。私が不安そうにしてないから、家が重くなくなった。私が自分の生活を楽しんでるから、夫が私を追いかけなくても平気そうな私を見るようになった。
(あれ、なんか最近楽しそうだね、と夫に言われた)
自分を取り戻して、少し経った頃、夫が戻ってきた。会話が増えた。休日に一緒に過ごそうと、夫から言ってくるようになった。
追いかけてた時は離れていったのに、自分を取り戻したら、戻ってきた。この逆説を、身をもって体験した。
夫の気持ちが離れた、本当のサインを見極める
離れたサインにも、種類がある。全部が深刻じゃない。正直に分ける。
一時的な距離、疲れやストレスのサイン
ひとつ目は、一時的な距離。仕事のストレス、疲れ、個人的な悩み。これらで、一時的にそっけなくなることがある。
このサインの特徴は、原因が夫婦関係の外にあること。仕事が忙しい時期、何か個人的な問題を抱えてる時期。あんたへの気持ちが離れたんじゃなく、単に余裕がない状態。
このパターンは、深刻じゃない。時間が経てば、戻ることが多い。あんたへの感情の問題じゃなく、夫自身の状態の問題。
関係の慣れ、マンネリのサイン
ふたつ目は、関係の慣れ。長く一緒にいることで、ドキドキがなくなり、当たり前になった状態。
このサインの特徴は、嫌いになったわけじゃないけど、意識が薄れてること。あんたを空気のように感じてる。特別な存在から、日常の一部になってる。
このパターンは、修復できる。慣れは、意識の問題。あんたが変わることで、夫の意識を再び向けられる可能性がある。
本格的に離れつつあるサイン
みっつ目は、正直に言う。本格的に気持ちが離れつつあるサイン。
このサインの特徴は、あんたへの関心が全般的に消えてること。会話を避ける、一緒にいることを明確に避ける、あんたのことを気にかけない。冷たさが、一時的じゃなく、継続してる。
このパターンは、修復が難しいこともある。でも、諦める前にやれることがある。それが、次の逆張りの一手。
この三つを、どう見分けるか
完璧な見分け方はない。でも目安がある。
そっけなさが、あんたに対してだけか、全般的にか。継続してるか、一時的か。
仕事や個人的なことが原因なら、あんた以外にも余裕がない様子が見える。一時的なら、波がある。継続的で、あんたに対してだけ冷たいなら、関係の問題の可能性が高い。
でも、どのパターンでも、あんたが次にやるべきことは、実は同じ。それを次で話す。
9割がやらない逆の一手は、追いかけるのをやめて自分を取り戻すこと
じゃあどうするか。尽くして歩み寄る全員と逆をいく。
尽くすのをやめて、自分の生活を取り戻す
具体的に言う。
夫の機嫌をうかがう、をやめる。追いかけて確認する、をやめる。尽くして歩み寄る、をやめる。代わりに、自分の生活を取り戻す。
昔好きだったことを再開する。友達と会う時間を作る。自分が楽しめることに、時間を使う。夫中心の生活から、自分の人生を持つ生活に戻す。
冷たくするんじゃない。夫を無視するんじゃない。ただ、夫の気持ちを取り戻すことに全神経を注ぐのをやめて、自分の人生を生き始める。
9割の人はこれができない。夫が離れたら、もっと尽くさなきゃ、と思うから。でも、尽くすほど離れる。自分を取り戻すことが、逆に夫の意識を引き戻す。私が体験したのは、まさにこれだった。
なぜ自分を取り戻すことが、夫の気持ちを引き戻すのか
なぜこれが効くか。夫の視点から考えるとわかる。
毎日尽くしてくれて、機嫌をうかがってくれる妻。夫にとって、その存在は当たり前になる。いつでもそこにいて、いつでも自分を優先してくれる。この安心感が、逆に妻への意識を薄めてる。
その妻が、急に自分の生活を持ち始める。楽しそうにしてる。夫を追いかけなくなる。すると、夫の中で何が起きるか。
あれ、なんか変わった、という意識が生まれる。当たり前だった妻が、当たり前じゃなくなる。楽しそうな妻を見て、以前の魅力を思い出す。追いかけてこなくなった妻に、逆に興味が湧く。
これが、自分を取り戻すことが夫の気持ちを引き戻す仕組み。追いかけると意識が薄れ、自分を生きると意識が戻る。この逆の力が働く。
取り戻す過程で、家の空気をどう変えるか
自分を取り戻す過程で、家の空気も変わる。
あんたが不安そうにしてると、家が重くなる。あんたが自分の生活を楽しんでると、家が軽くなる。
夫が帰った時、不安そうな妻がいる家と、機嫌よく自分のことをしてる妻がいる家。後者の方が、居心地がいい。居心地のいい場所には、人は戻ってくる。
自分を取り戻すことは、あんた自身のためだけじゃなく、家の空気を軽くすることでもある。軽い空気の家が、夫を引き戻す土台になる。
機嫌をうかがうのをやめて、自分が機嫌よくいる。それだけで、家の空気が変わる。この変化が、夫の気持ちを取り戻す環境を作る。
なぜ追いかけないことが夫の気持ちを取り戻すのか
希少性の原理、当たり前の存在は意識されない
希少性の原理という心理がある。人は、手に入りにくいもの、失いそうなものに、価値を感じる、というもの。
毎日尽くしてくれる妻は、希少性がない。いつでもそこにいて、いつでも自分を優先してくれる。失う心配がない。だから、意識されない。価値を感じられない。
自分の生活を持ち始めた妻は、少し希少性が生まれる。いつでも自分を優先してくれるわけじゃない。自分の時間がある。この、常に手に入るわけじゃない感覚が、夫の中で妻の価値を再認識させる。
追いかけることは、希少性を捨てること。自分を取り戻すことは、希少性を取り戻すこと。夫の気持ちを取り戻すには、当たり前の存在から、少し意識される存在に変わる必要がある。
自己決定感、追われるより自分から向かいたい
自己決定感という心理がある。人は、自分の意志で選んだものに、価値を感じる、というもの。
妻に追いかけられてる夫は、妻を選ぶ体験がない。妻が向こうから来てくれるから、自分から向かう必要がない。自分から選んだ、という感覚がないと、その関係への意識が薄れる。
妻が自分の生活を持ち始めると、夫が自分から妻に向かう余地が生まれる。妻を追う、妻に話しかける、妻と過ごそうとする。この、自分から向かう体験が、妻への意識を取り戻させる。
追いかけることは、夫から選ぶ体験を奪う。自分を取り戻すことは、夫に選ぶ余地を返す。夫が自分から向かうことで、気持ちが戻る。
魅力の再発見、生き生きした姿が引力を生む
もうひとつ、大事な話をする。
人は、生き生きしてる人に惹かれる。楽しそうにしてる人、自分の世界を持ってる人には、引力がある。
夫の気持ちを取り戻そうと、機嫌をうかがって不安そうにしてる妻には、引力がない。むしろ、重さがある。逆に、自分の生活を楽しんで、生き生きしてる妻には、引力が生まれる。
夫が結婚前に妻に惹かれたのは、たぶん、妻が生き生きしてた時。自分の世界を持って、楽しそうにしてた時。夫中心の生活で、その生き生きした姿が消えてたなら、それを取り戻すことで、夫が惹かれた魅力を再現できる。
自分を取り戻すことは、夫が惹かれた元の魅力を取り戻すこと。その魅力が、離れた気持ちを引き戻す。
覚悟すべきリスク、自分を取り戻すことの注意点
自分を取り戻しても、戻らない関係もある
これははっきり言う。
自分を取り戻すことは、夫の気持ちを取り戻す可能性を最大化する。でも、保証はしない。
本格的に気持ちが離れて、別の道を歩み始めてる夫の場合、あんたが自分を取り戻しても、戻らないことがある。関係の問題が、あんたの行動だけで解決しない段階に来てることもある。
でも、考えてほしい。追いかけて尽くして、それでも離れていくのと、自分を取り戻して、それでも離れていくの。どっちがいいか。どちらの結果でも、自分を取り戻した方が、あんた自身の人生が残る。夫の気持ちが戻らなくても、あんたが自分の人生を生きてる状態は、残る。
対話が必要な問題は、対話で向き合う
これは大事な補足。
自分を取り戻すことは、追いかけることの逆をいく戦略。でも、夫婦関係の問題の中には、対話でしか解決できないものもある。
すれ違いの原因が具体的にあるなら、それは向き合って話す必要がある。自分を取り戻すことと、必要な対話をすることは、両立する。追いかけて機嫌をうかがう対話じゃなく、対等な立場で、問題について話し合う対話。
一人で抱え込まず、必要なら夫婦カウンセリングのような専門的な場を使うことも、選択肢になる。自分を取り戻す、は問題から逃げることじゃない。対等な立場を取り戻した上で、必要な向き合いをすることも含む。
取り戻すのは、夫のためじゃなく自分のため
最後に、これだけ言っておく。
自分を取り戻す、というのは、夫の気持ちを取り戻すためのテクニックであると同時に、あんた自身の人生を取り戻すことでもある。
夫中心の生活で、自分を失ってたなら、それを取り戻すことは、夫がどうあれ、あんたにとっていいこと。自分の趣味、友達、楽しみ。これらを取り戻すことは、夫のためだけじゃなく、あんた自身の幸せのため。
夫の気持ちが戻れば、それはいい。でも、たとえ戻らなくても、自分を取り戻した先には、あんた自身の人生がある。夫の気持ちだけに、あんたの幸せを委ねない。
あの時、追いかけるのに疲れて自分のことをやり始めたら、夫が戻ってきた。でも、もし戻ってこなくても、私は自分の生活を取り戻せてた。それは、夫がどうあれ、私にとって必要なことだった。
夫の気持ちが離れたサインを感じて、追いかけたくなる気持ちは、わかる。でも、追いかけるほど、夫は遠ざかる。追いかけるのをやめて、自分を取り戻す。その一手が、尽くして歩み寄るより、ずっと夫の気持ちを引き戻す。そして、たとえ戻らなくても、あんた自身の人生を取り戻すよ。

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